煽り運転は何故無くならないのか
煽り運転は何故無くならないのか
私個人の見解はこうです。
煽っている方も被害者だと思っているから。
煽り運転をするたいていのドライバーは、自分が受けた迷惑行為に対する報復のつもりで相手に攻撃をしかけます。
報復と言うことは
自分が加害者であると言う意識など全く無く、
むしろ正義だと思ってやっているわけです。
前提として、
煽り運転は場合によっては人の命を奪う大変危険な行為で言うまでもなく悪です。
しかし炎上覚悟で言うなら、煽られる方も極めて自己中心的な運転をするドライバーが多いのも事実。
想像してみてください。
片側一車線、追い越し禁止、制限速度50km
このような道路を時速30kmでずーーーっと走っている車がいたとしましょう。
そしてその後ろを走行しているあなたはどう思うでしょうか?
もっと言えば、どうしても時間通りに到着しないといけないのっぴならない事情がありその目的地に向かっていた場合、
更には、左側に点在する路側帯に入ろうと思えば十分に入るスペースがあるにも関わらず全く寄ろうともせず、ただただゴーイングマイウェイの如しマイペースで前をトロトロと走られたら…
多くの人は非常にイライラしてしまうと思います。
無意識に車間距離を詰めてしまうこともあるかと思います。
道路交通法第23条によると、最低速度制限と言うものが定められている道路もあるようですが、多くの一般道に最低速度は設けられておりません。
極端に言えば、もっと遅い時速20kmで走行しようが時速10kmで走行しようが違反対象にはならないのです。
なのでこのような場合はどんな事情があれ、煽った側が法的に100%悪者となってしまいます。
他の例で言えば、
1台の車を間に入れてあげれば全てが潤滑にいくことを安易に想定できるのにも関わらず、何食わぬ顔でそのスペースを妨げるドライバー。
駐車場から一般道に出てすぐの所に信号機がある道路や、渋滞中の合流地点なんかでよくあることです。
私の場合も、職場の駐車場を出てすぐのところに信号機があり、そこによく車が並ぶのですが、
私はその反対車線に出たいのです。決してあなたの車の前に出てあなたの走行を車1台分遅れさせてやろうなんか思ってないのです。
なのにたった1台分車が横断するだけのスペースすら空けてくれなかったり、
気の利くドライバーは状況を察して余裕があれば少し前に詰めてくれたりもしますが、
気づかないドライバーはだいたい信号待ちでスマホを見ているのです。
この場合も、どこか違反しているのかと言うと
全くそう言う訳ではないんですね。
しかし間に入りたい側のドライバー心情としてはその要領の悪さに非常にイライラさせられるケースでもあります。
そんなイライラされられているこちらに全く気付く気配もなく
ただただスマホをいじっているその間抜けな横顔を見る度に
きっとこのドライバーは仕事ができない人なんだろうなあ…
と思うのです。
同時に、煽り運転わ雪乃しやすいんだろうなあ…
とも思います。
つまり何が言いたいのかと言うとですね、
煽られている側は何故煽られているのかすら気づいていないことが多い
と言うことです。
そして煽っている側はその事を余計に許せなくなる。
そこに加えて自分が車内にいることの匿名性、安全性により、“没個性化”の心理が働くことで煽り運転に発展するのです。
この“没個性化”と言うのは、ジンバルドーの実験によって立証された人間の心理で、
匿名性や安全性が確保された状況下では攻撃性が増すと言った行動を指し、近年ではネットにおける誹謗中傷などがよくあげられますが、
煽り運転が起こる心理のひとつにもかなり当てはまるところがあると私は思います。
だからと言って煽り運転は決して正当化されるものではなく、人の命を脅かす大変危険な行為であることには間違いありません。
しかし、事の発端となった前後を省いて一部だけを切り取った映像を見せ
過度に煽っている側だけが悪者であると仕立て上げるメディアや
「何故自分が煽られたのか分からない」と答える安易な回視能力すら乏しいドライバーにより
煽り運転=決定的な悪
と決めつけてしまうのはこれもまた危うい判断であると私は思います。
煽る側が絶対的な加害者で煽られる側が絶対的な被害者と言う構造が成り立ってしまえば、
それこそ煽り運転を誘発した当たり屋的な連中も出てくるでしょう。
愉快犯であるなら厳しく罰せられるべきですが、煽り運転をひと括りとして処罰を強化すると言うのであれば
同時に煽られるような運転をするドライバーの教養も必要であると私は考えます。
ただただ“違反しない運転”だけでは不十分なのです。
今自分の車が数メートル、あるいは数度ハンドルを切る
と言った行為で数秒先の未来を予測することは決して難しくないはずです。
多くのドライバーが“自己中心的な運転をしない”ことによって危険行為も事故も格段に減るでしょうし、豊かな道路環境になることと思います。
最も私の場合、煽られたとしても窓からひょっこり顔を出しさえすれば事は全て収まると言う銃刀法違反レベルの顔面を持っておりますので大事に至ったことはございませんが…(笑)
あと一言だけ言わしてほしいことは
これは昔から何度も言ってることなんですけど、、、
罰則金はもっと上げていいから優良ドライバーの税金を減らしてくれ!!!
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
皆様のドライブライフが今後も豊かなものとなるよう祈っております。
ではまた!
私的良著【論語と算盤】
平日の朝からミナミへ
先日、長年の友人であるしゅうへい君と朝から大阪ミナミのとある雑居ビルに行ってまいりました。
ド平日の早朝からラッシュアワーの電車に揺られること小一時間。
この時間にこんな場所にいてること自体まず無いので凄く新鮮でどこかワクワク。
さて、この日我々がここに来た理由はと言うと
「X'mas Eileen」のVo兼映画監督である「Koji Uehara氏」が手掛ける次回作の映画
「MY MOTHER NEVER CRY」
の出演オファーをエキストラ役で頂きまして(もちろん反社役で)
ありがたくノコノコとやってきたわけでございます。
我々の役は暴力団幹部と言うことでまずは着いて自前のスーツに着替えるのですが、
着替えるのが面倒だと自宅からあらかじめ衣装を着てきたしゅうへい君、
コートを脱ぐと、、、
ジャケットが無い、、、
どうやらベストのうえにジャケットを着るのを忘れてきたらしく、、
こいつぁ弱ったなぁ…なんて苦笑しておりましたところ、
同じ控室に居てたもうひとりのエキストラ(反社役)の方が、初めておろしたと言うスーツを取り出し更に驚愕、、、
ズボンが無い、、、
こっちは見事にズボンを忘れたようで、、
ジャケット忘れズボン忘れ朝からグダグダやん(笑)
ただでさえエキストラ足らん言うてんのにこんなもんまた一人減ったようなもんやん(笑)
ほんとねぇ、、、40も過ぎるとこう言うことが普通に起こるんです。
あぁ恐ろしい。
老化と言うものは。。。
まあ幸い待ち時間が長かったのでその間に対策を練って事なきを得たんですが。。。
緊張感無さすぎて逆に不安になりましたよ(笑)
そんな中、撮影本番はと言うとグダグダの我々とは裏腹にピリピリと緊張感が伝わり
普段映画などで目にするような俳優さん達のオーラもさながら、ただおるだけの役で右往左往する我々とは打って変わって淡々と演技をこなすその姿に圧倒され、
映画のお仕事ってこう言うふうに進めていくんだなとただただ感心するばかりでした。
撮影の合間に少しだけ監督であるKoji君とお話をさせていただきましたが、
本当にこの人の若々しくエネルギッシュなところは25年前と全く変わりませんね。
挑戦し続けるかっこいい姿をみてまた良い刺激を受けました。
つーか出会って25年になるんすね。
そりゃ物忘れもひどくなるってもんですわ。(笑)
代役なんていくらでもいてると思うんですが、そんな中わざわざ我々を選んでオファーをいただけると言うのも、
長い付き合いがあってか特別に目をかけてくれてるのかなあと勝手ながら解釈しております。
今回も貴重な経験をさせて頂き本当に感謝しております。
そしてKoji Uehara監督の描いた物語のほんの一部になれたことを嬉しく誇りに思います。
自宅を出る前、子供達にそれはそれは誇らしく
「映画の撮影に行ってくるわ。」
と言い残して出てきたのですが、子供達から
「お父ちゃんいつテレビに出るん?」
と聞かれたので、否定も肯定もせず
「まあそう慌てるな。」
とだけ答えて家を後にしたことは言うまでもございませんが。(笑)
そんな貴重な体験をさせていただいた一日、
何かとはしゃいで撮った写真は今回割愛させていただきまして、
代わりに豚足をむさぼる力士とスナイパーを載せておきます。
ではまた!
※Koji Uehara氏による前回の監督作品
「虹が落ちる前に」
の予告編動画はコチラ↓↓↓
回転寿司チェーン店での迷惑行為
普段私はこまめにニュースをチェックしておらず、週末の早朝にまとめてサラッと一気読みしているのですが、
そんな中で一際話題を呼んでおる記事を見つけました。
大型回転寿しチェーン店スシローでの迷惑行為。
連続強盗事件と並んでトレンドにあがってたのがこの何とも間の抜けた動画。
死刑レベルの凶悪犯罪同等、もしくはそれ以上にペロリストの方が世間の興味を引くと言う妙に滑稽な社会情勢に寒気すら感じる今日この頃ですが、、、
それについて私なりの見解を少し述べたいと思います。
ソーシャルメディアの影響力がまだそこまで進んでなかった時代はただのイタズラで済んでたんですよ。
悪質かそうじゃないかは置いといて。
昔からよくあったことです。
こう言うことする奴は私の周りでも一定数いてましたから。
それがバレると殺人未遂レベルに親が子をボッコボコにして被害者側の同情を買い、
しまいには「もう許すんでやめてあげて下さい」って言わせて大して表沙汰になることもなくチャンチャン♪で終わってたんですよ。
(警察沙汰を起こして、怒り狂った親父に池に突き落とされて死にかけた先輩もいてました(笑))
ところが今じゃあSNSの普及により、本来見るべきではない裏の部分まで顕になってしまい
一部の頭の弱い子達がどんどんと炙り出され
名前、顔、卒アル、年齢、学校、バイト先、家族構成、住所etc…
まんぐりがえしでケツの穴のシワの数まで数えられてしまうかの如し何もかもが世間に知らしめられ、
さらにネットやメディアで社会不安を煽りたて風評被害や株価下落は拡大。
キッカケがたった数十秒の動画であろうと1日経たずしてたちまち国内ならず世界にまで拡散し、
もうそうなってしまうと完全に削除することは不可能に等しく
ひとつのワードだけで簡単にネット上に表示されてしまうのです。それも半永久的に。
けどこれ、決して他人事ではないと私は思ってます。
年頃の子を養う親世代でもありますから。
自分達も過去にそうだったように、出来心ってのはそんな子達なら誰にでもありうるわけで、
それが度を超えてしまっていたとしてもお調子乗りの子なら周りに乗せられてついついやってしまうかもしれないし
仲間内のみでシェアするつもりでもグループ内の誰かに嫌われていたとしたら、コイツこらしめたろってなもんで拡散されてしまったり、
もっと言えば最近流行りの闇バイト的なサイトでテロ動画1回数万円とか謳って意図的に株価を下落させる行為をさせ、株の空売りに利用されたり、
誰しもこう言った加害者、被害者になりうる可能性はあるわけで。
逆を言えばインドの私刑…とまではいかずともそれに近いレベルの集中攻撃を社会から受けて恥を晒して生きていかなければならなくなるのです。
やってることはですよ、やってることだけを切り取って見てみるのであれば、
放課後に好きな女子の笛をペロペロする小学生とよく似た行為とも取れますが、
相互性や場所、その時の状況、そしてそれが多くの人に知れ渡ることによってここまで重大さが変化するものなのです。
皆さんは「アイヒマン実験」と言うのをご存知でしょうか?
先生役と生徒役を対面させ、先生役が出した問題を生徒役に解いてもらうと。
そしてその問題の答えが間違っていたら先生役が生徒役に電流を流して罰を与えるといった過激な実験が過去に行われたのですが、
これ実は電流なんて流れてなくて、生徒役の人は電流を流された演技をするんです。
これをしばらく続けていると、多くの先生役は実験を途中で辞退したそうな。
ところが、対面ではなく先生役と生徒役をお互い別々の部屋に隔離した状態で同じ実験を行ったところ、途中で辞退する先生役が半減したと。
この実験の目的とされたこととは若干異なりますが、この実験から伺えるひとつの結論として
つまり人間は見えていないものに対して(もしくは見られていない状況下では)残酷性が高まると言うこと。
もう50年以上前の実験ですが、現代のこう言った炎上騒動にも非常に当てはまるところはあるのではないでしょうか。
加害者は見えない相手に対してのテロ(ペロ)行為。
それを見たネットユーザーは見えないところから総攻撃。
非常に当てはまるところがありますね。
確かにこう言った行動を起こすウスッタは悪質極まりないですが、
ケツの穴の毛まで毟りとるような過剰な攻撃もいささか悪質であると思わざるを得ないのです。
被害者側のぶっ飛んだ時価総額や風評被害を考慮すると当然だと考える人も多いのでしょう。
しかし私個人の意見としては、正義を振りかざせば何をしても良いと言うのとは違うと思うんです。
戦争だってお互い正義だと思ってやっているわけで、その輪の中に置かれているわけではない我々がそれを見て心を痛めるのと同じように、
この騒動を斜め上から見てみると非常に違和感を感じるのです。
これは歪んだ承認欲求とメタ認知能力の低い一部の勢力が引き起こした両側から成り立ついわゆるひとつの社会構造であり、
さらにそれを煽り立て社会をより陰湿な方向にシフトさせようとするマスやソーシャルと言われるメディアがハイエナの如し傷口に群がる。
そんな社会構造に対して床擦れのようなジクジクとした気持ちの悪い不快感を感じております。
こんな間違った承認欲求を持った子供達を量産してしまわないためにも
親や周りの大人達が現代の社会構造の表と裏をきちんと理解し、子供と一緒になって知識を深めていくことが大事なのかなと思います。
私ごときが軽く見解を述べてみましたが、
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
ではまた!




